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散歩に出掛けた。まじなかは、基本、引き篭もりである。が、比較的、チョロチョロ出歩く性質の引き篭もりなのだ。それ故、自宅周辺の町並みを、割りと気に入っている。丸山町という地名も、徳川家康が慶長4年(1599)年の鷹狩りの際に、此の地を訪れ、京都の円山に風情が似ていると嘆息した事に由来しているとの事。確かに、通り一本隔てると、別世界であり、実に落ち着いた趣である。
麗らかな陽射しの中、チチチチ、チチチチと、やけに騒がしい。見上げれば、何の事は無い、安西寺の境内の梅の木に、目白が番で囀っている。鶯ではないが、宛ら、花札の2月の意匠である。刹那、率爾として、了解する。いつの間にか、春なんだなあ…、と。
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まじなかの自宅筋向いには、東雲神社という、小さな神社がある。地元では『権現さん』といわれ親しまれている。確かに、境内には東照大権現の文字が。家康公を祭ってあるのだろう。
以前の祠は、昼なお暗い、鬱葱と茂った樹々の中にあり、盛夏、九夏三伏の候にあっても、ひんやりと冷たい。湿った土の香りと蜩の声は、世俗とは無縁の世界であった。良く、本を持参しては、石段に腰掛け、読書に勤しんだものだったが、残念ながら、10年程前、不審火で焼失してしまった。
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その隣は料亭喜久屋の跡地である。祖父の初七日の精進落しを、此処の料亭で行なったのであるが、今は料亭自体が無くなってしまった。良く、番頭さんが家にタバコを買いに来ていたが、息災なのであろうか。今では、太田道灌の築営と言われる、見事な庭園だけが残り、その俤を今に留めている。写真の通り、門扉が閉ざされていて、中に入ることは出来ないが、毎年、中秋のお月見会の時にだけ、丸山町町内会の為に開放されている。
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さらに、隣は浅間神社。以前にも此のHPで書いた事だが、祭神は木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)である。以前に、木花之佐久夜毘売と磐長姫(いわながひめ)をモチーフにした物語を書いてみようとした事があり、この辺りの件はかなり調べたのだ。結局、見事、ぽしゃったが…。いやー、若気の至りだったねえ。
浅間神社(当HPより)
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浅間神社には、神部神社、大歳御祖神社、八千矛神社と複数の神社が存在する。神部神社の祭神は大己貴命 (おおなむちのみこと)。所謂、大国主、即ち、大黒様であり、八千矛神とも同一視されている。大歳御祖神社の祭神は神大市比売(かむおおいちひめ)であり、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、所謂、お稲荷さんの母神でもある。
宇迦之御魂神と言えば、アニメ、『いなりこんこん恋いろは』に登場した、ウカ様である。あんなに可愛らしい神様であれば、毎日でも参拝するのだが…。
いなりこんこん恋いろは
いなりこんこん恋いろは(当HPより)
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しずはた尾根の南麓が大歳御祖神社に接している。取敢えず、賤機山古墳(しずはたやまこふん)迄登って見る。時代的には6世紀というから、大化の改新(今では、こう教えないんだっけか?)より、遥に前の時代である。その当時から、このような建造物を作る豪族が、此の辺りにも居たんだなあと、妙に感心する。救世観音の処まで登って、静岡市を一望しようかとも考えたが、虚血性心疾患でも起こしては剣呑なので、踵を返し、散歩を終了。自宅へと向かった。
今日の言葉
道草を楽しめ。
−ジン フリークス |
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写真はしずはた山、浅間神社周辺

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